第 18 号
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-- 北から南から --
協会の方向性について思う
川崎医科大学医用生物センター 北 徳

 ある人に手紙を書いた。概ね次のような内容である。
 協会の方向性についてですが,大筋は今の方向で良いと考えています。ただ,「実験動物技術・学会」ではなく,あくまでも「実験動物技術者・協会」であることを忘れないで欲しいと願っています(何年も前,広報に同じような意見の匿名投稿がありましたが……)。教員や研究員,つまり職場での身分が「研究職」の立場にある方々は,研究行為自体が職務であり,その職務上の業績を武器にして世界のどこへでも打って出ることのできる,言ってみればFAプレーヤーですが,技術職,技能職,研究補助職,用務職にある会員は,グランドキーパーであったり,用具係であったり,バッティングピッチャーであったりする裏方です。両者の職場での立場には質的に大きな違いがあります。FAは自由度が高く,裏方は自由度が低い。これは大変な違いです。
 裏方にも当然,研究心は必要です。しかし,この裏方の研究心による研究は,現場の極めて制約の多い中で行われるものです。したがって,FAのそれのように体裁の整ったものにはなりにくい。そこには,穴もあり片手落ちもあり独断もある。型破りのものもある。
 裏方が,制約の多い現場でルーチンをこなしながら書く論文と,FAが主業務として書く論文は,自ずと性質も次元も違っています。先頭,「実験動物」が英文になるに当たって,実験動物編集部は「和文論文は実験動物技術などに投稿する道もある」と書いていますが,「実験動物」に載せるべき論文と「実験動物技術」に載せるべき論文は性質も次元も違うでしょうに,英語で書いたら学会誌,日本語で書いたら協会誌というのはどう考えても変です。
 本来は学会誌を投稿すべき性質の論文が,英文にするのが面倒だからという理由で協会誌に流れてくる,そして,それを協会誌が全面的に受け入れることになるとすれば,協会誌の実験動物技術者協会機関誌としての特色は失われてしまうでしょう。いま私は,そういう懸念を感じています。
 それはさて置き,現実問題としてFAの書いた論文の投稿が増えると予感される。レフリーも付く。さて,レフリーにはどのような方々がなるのだろう。色々考えると,どうも協会誌はFAの論文ばかりになりそうだ。考えてみると,主に学会を活動の場としていた人々がこのところ随分大勢なだれ込んで来ているようにも感じられる。なぜそうなってきたのだろう。私が協会誌に投稿してきた奇妙な論文は,毎回,編集部長から原稿の取り下げを求められて来たし,今回は「これを最後にしてくれ」と大きな釘をさされている。内容のことはともかく,私の書いてきたような類の論文は協会誌にはふさわしくないと,多くの会員が感じているのだろうか?なんだかよくわからないけれど裏方の立場の会員としてはどうも居心地が悪くなってきた。この数年,そんなことを感じています。正直なところ……。
 ……と繰り言ばかりでは建設的でないから提案……協会誌を二部構成にしてはどうでしょうか。一部はFAにとって業績とできる雑誌に,二部は現場の創意工夫論文や論談的な意見論文も載せる雑誌にするのです。例えば,「広報」を現在の「実験動物技術」が載せたがらない類の論文も掲載する「実験動物技術B号」として拡大してはどうでしょう。「広報」を発展的に解消し「実験動物技術」を年4回発行することにするのです。そしてA号,B号を交互にするもよし,毎号をA,B合併にするもよし。
 FAにとって重要なのは,結果のsomething newですが,裏方の場合に評価すべきは,過程のsomething significance(たとえ結果がnothing newであっても)であると思います。FAと裏方は立場が質的にまったく異なっている。実技協はその両者を含む協会です。
 私は,「実験動物技術」がFAのための雑誌になろうとしているような感じを受けていて,協会全体が大きく変化しそうな予感を感じているわけです。
  しかしまあ,これはひねくれ者の下司な僻みかも!?